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天皇陛下のお言葉は、こうだった。平成最後の戦没者追悼式(全文)本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」にあたり、全国戦没者追悼式に臨み、先の大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人びととその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来、既に73年。国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時を偲ぶ時、感慨は今なお、尽きることがありません。
戦後の長きに渡る平和な歳月に思いをいたしつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民とともに、戦陣に散り、戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

【戦争の暗号から生活の暗号へ】巨大情報共同体の誕生と暗号の市民化(dragoner) – 個人 – Yahoo!ニュース この米英の情報協力は1942年10月には、日本海軍の暗号はアメリカ海軍、ドイツ海軍の暗号はイギリスと、解読を両国で分担し、その解読情報を共有するようになり、更にアメリカ陸軍も含めた情報協定としてBRUSA協定が1943年5月に結ばれる。
 この協定が戦後、ソ連を見据えた情報協定であるUKUSA協定に発展し、1949年にカナダ、1956年にオーストラリア、ニュージーランドを加えた5カ国による多国間協定に発展する。これら5カ国は「ファイブアイズ」と呼ばれ、現在もなお世界規模で通信を傍受する巨大な情報共同体となっている。軍事通信にとどまらず、商業通信も傍受するようになり、その傍受プログラムは「エシュロン」として知られている。
 もし、日本とポーランドの情報協力がなされず、日本の暗号理論が遅れたままだったら、ファイブアイズは生まれなかったかもしれない。

富田林脱走 大阪府警本部長が謝罪コメント(産経新聞) – Yahoo!ニュース 大阪府警富田林署の容疑者逃走事件で、府警の広田耕一本部長は15日、「府民の皆様に多大なご不安を与え、心からおわび申し上げる。総力を挙げて逮捕に努めるとともに、同種事案の再発防止の徹底を図る」とのコメントを出した。

阿波おどり振興協会が9月に「総踊り」 徳島・藍場浜公園で(徳島新聞) – Yahoo!ニュース

「墓じまい」増加で相次ぐ「離檀料」トラブル 700万円請求も(MBSニュース) – Yahoo!ニュース 兵庫県姫路市にある「名古山霊苑」お盆に入り家族連れが訪れています。交通の便が良いこともあり人気を集めてきた霊園ですが、墓を返還する人が年々増加しています。今月20日からは過去最多となる55区画の応募を受け付けることになりました。

真珠湾攻撃から75年、歴史家・加藤陽子氏は語る「太平洋戦争を回避する選択肢はたくさんあった」「太平洋戦争は、軍部の暴走といった単純な話の帰結ではない」
■1つ目の岐路:満州事変(1931年)とリットン報告書(1932年)
当時の日本政府もジャーナリズムも、32年10月に公表されたリットン報告書に対し、中国側に肩入れしたものという評価を下し、その内容を精査せず徹底的に批判しました。私が惜しいと思うのはそこで、リットン報告書が展開していた日本側への妥協的な選択肢を見ていなかった。
■2つ目の岐路:日独伊三国同盟(1940年)
ドイツの勝利がすぐに確実に起こると思われていた。起こりうべきことが起こらない、起こるベからざることが起こるというのは、昨今では想像しやすいかもしれません。2016年6月のイギリスのEU離脱、同年11月のトランプ米大統領誕生などはその最たるものです。
■3つ目の岐路:日米交渉(1941年4月〜11月)
見通しが甘いということではアメリカ側も同様で、日本側に強硬に出た理由は「資源に乏しく劣勢の海軍力しか持たない日本が、英米に対する戦争を始めるはずがない」と考えていました。アメリカ側の抑止の失敗が、日本の開戦決意でもあった訳です。日本側の失敗を反省するのは大事なのですが、ここで正しい反省の仕方をしないと、また同じ失敗を繰り返すだけです。
「軍部の失敗」という総括は、現在、戦前期の軍部と同様の組織がない以上、実のところ痛くもかゆくもない総括です。そうではなく、社会に溢れている見せかけの選択肢を「本当の選択肢は何だったか」と置き換えて考える癖、言い換えれば「歴史に立ち会う際の作法」というもの、これが3つの失敗の事例から学べるものだと思います。
「戦後70年の価値観が揺らいでいる」歴史家の加藤陽子氏、太平洋戦争からTPPとトランプ現象を紐解く1923年の帝国国防方針では、直近の第一次世界大戦の教訓は活かされず、持久戦争必至の総力戦時代に日本が生き延びる方策は、緒戦の圧勝による敵の戦意喪失しかないとの硬直した戦略が選択されてしまいました。
ならばもし、緒戦の圧勝が不可能な場合はどうするかという、次の手を柔軟に考えてもよかったのではないか。その中には、できるだけ戦争に参加しないように待つ、という選択肢があってもよいはずですね。日露戦争の実戦に参加し、のちに批評家に転じた水野広徳は、1929年の著作で、「戦争が機械化し、工業化し、経済力化したる現代においては、軍需原料の大部分を外国に仰ぐが如き他力本願の国防は…戦争国家として致命的弱点」を持つのだから、日本は戦争する資格のない国、と喝破していました。
太平洋戦争は、戦争の渦中において既に再定義の試みが開始されていた戦争でした。そのことを噛み締め、今の私たちこそが、いま一度、あの戦争を再定義してみるべきでしょう。
戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗 | 加藤陽子 | Kindle本 | Kindleストア | Amazonかつて日本は、世界から「どちらを選ぶか」と三度、問われた。
より良き道を選べなかったのはなぜか。日本近現代史の最前線。

【終戦の日】「日本が失敗するパターン」とは 歴史家・磯田道史さんと近現代史をひも解く官僚制度っていうのは、大きな組織だったら会社の中にもあります。国に限ったことではありません。日本人がやる官僚システムは効率よく動きますが、一回はじめたら、とめられない、そういう危険をもっていることをあらかじめ、自覚しておかなければなりません。僕はこれを「日本人の経路依存性」と呼んでいます。これまできた経路、道筋、これに依存してなかなかそこから脱却できないという性質。これは自覚したほうがいいですよね。

日本の短い「長期休暇」はキケン。なぜ海外は1ヶ月近く休むのかあくまでも私の主観ですが、疲れのセンサーが回復するには1週間。心身の疲れを取るのにさらなる1週間。最低でも2週間は「休息」に必要です。

色々な奇跡が重なった2歳の子生存 凄腕災害ボランティアの職人技そして警察、消防含めて可能であればこの人の意見、経験をしっかりまとめておくことをお勧めします。
今回の捜索において、
1 2歳児から目を離したこと
 本当子供の行動は予想つかないからな
 でもこの田舎だから油断したんだろうな
2 初期の捜索方向が完全に間違ったこと 子供の行動予測と一般の違い
 これは先ほど書いたように尾畠さんの経験をしっかり聞いて共有してほしい
 医学で言えば症例報告、識者の意見でエビデンスは低いのですが、個の対応としては必要な情報です
ともかく無事だったことが一番ですが、さらに教訓をためていければ今後また助けることができる機会が増えます。警察、消防頑張りましょう!

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