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あなたの足元を脅かす「古東京湾」と「香取海」 なぜ「浦和」は「うらわ」:浜辺だったさいたま市(1/5) | JBpress(Japan Business Press)なぜ「浦和」は「うらわ」:浜辺だったさいたま市
 改めて見直せば、川口、八潮、流山・・・全部そういう地名ばかりではないですか。
 いまからほんの7000年ほども昔「縄文海進」には、こうしたエリアに土地はほとんど存在していなかった。海、あるいは植物の生い茂る浜辺の湿地だった。
 そういう湿地帯をかつては「江戸」と呼んでいたわけです。
 つまり「入り江の戸口」というのが、この国の「首都」が置かれた場所の、本来の姿にほかなりません。
「江戸湾物語(えどべいすとおりい)―巨大都市東京のルーツ」 紹介 – doranyankoの茶室

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