今日のリンク

半沢直樹とあまちゃんが示す、テレビドラマのあり方(1)〜二つの共通部分は?じゃあ、この二作品が視聴率を獲得した理由はどこに求められるのだろう?ということで、まず、「共通するちゃんとしたところ」について考えてみよう。この二作品に共通するもの、それは「情報圧」と「テンポ」だ。


格安の「宇宙葬」が日本に進出?葬儀ビジネスは成長産業【争点:アベノミクス】確かに日本の葬儀関連費用は高い。東京の墓地にお墓を設ける平均費用は274万円だという。この他、管理費や法事等の際のお寺へのお布施代やお花代など様々な出費がかかってくる。

これらに比べると、宇宙葬(約20万円)や海への散骨(約4万円~)などは、費用も抑えられ、実施の手間や長期的な管理もシンプルという利点があるだろう。

しかし、海外メディアでは、日本の葬儀の多様化・デフレ化の代償として「伝統の喪失」を挙げている。檀家としてのお寺との付き合いや定期的なお墓参り、親戚の集いなど、お金には代えられない日本の伝統文化があることも覚えておきたいものだ。

銀行を責める前に考えるべきこと-「もしかして反社」への対応は?みずほ銀行さんの提携ローン不適切融資放置問題は、(本当に頭取に問題を報告していなかったのかどうか、若干疑義も残りますが)マスコミの報道が真実だとすれば、担当役員自身のペナルティになることをおそれて、コンプライアンス担当役員としても頭取に報告できなかったのではないかと推測されます(コンプライアンス委員長が頭取、ということなので、このあたりは担当責任者が取締役であっても、執行役員であっても「報告を怠っていたこと」には変わりません)。銀行のコンプライアンスの発想も、そろそろ不正予防主義から不正発見主義に切り替えてもよいのではないでしょうか?「金融機関でも不正は起きる」ということを素直に認めて、起きたときにどうすべきか?という視点からコンプライアンス対応を考えなければ、いくら役員の交代で責任を全うしたとしてもまた同様の「放置、隠ぺい」という二次不祥事はなくなりません。ただし一般事業会社の場合も同様ですが、不正発見主義を中心に据える場合には、「敗者復活戦」や「報告者に対する報奨」が認められることが前提となります。

さて、このように不正発見主義によって反社会的勢力への利益供与(取引関係の維持も立派な利益供与です)を排除することを考えた場合、相手が反社会的勢力であることが明白ならば対処の仕方もあります。今回のみずほ銀行さんの件でも、反社会的勢力であることが明白であったとすれば「放置」は厳しく責められるのは当然かと。しかし、もし明白ではない場合、どうすべきか?というリスク管理方法は考えておかなければなりません。反社会的勢力への対応を厳格に行うということは、反社会的勢力ではないのに、「反社」というレッテルを張って商売の息の根を止めるリスク(名誉毀損、信用毀損で訴えられるリスク)が生じることになります。

これは銀行だけでなく、一般の事業会社でも問題になるかもしれません。明白ではないからそのまま放置しておいてもよい、という考え方は、おそらく一般常識からみたら問題ではないでしょうか。もしこういった考え方が許されるのであれば、反社会的勢力はコワイ、ということで放置することの正当理由として使われてしまうことになります。たとえば属性要件が不明な場合には行為要件が明白になったところで対応する、ということになるのか、それとも富士通元社長損害賠償請求訴訟事件の判決で示されたように、組織としてできる範囲で調査をすれば、たとえ相手が反社会的勢力かどうか明確にならなくても取引断絶は違法行為にならないという方針を貫くべきなのか、という問題です。

みずほ銀行さんは、今後(提携ローンについて)事前審査にも関与する、とのことですが、それでもグレーな相手方(もしかして反社)への審査ということはかならず生じることですし、結果として反社会的勢力もしくは密接関連者との取引を開始してしまう可能性もあります。まず、この可能性を認めたうえで、では疑わしい場合に、名誉毀損などで銀行が訴えられるリスクを承知のうえで、どのように取引を中止させるか、ということを検討しておくべきだと思います。キレイごとでは済まない課題であり、だからこそ起きた時の行動を検討して「思考停止」に陥らないような体制を構築すべきだと考えます。いつまでも担当役員の交代という形で経営責任をとっていては、まさに実効性に乏しい対応として反社会的勢力のオモウツボであり、ホッと胸をなでおろすだけだと思います。

A/Bテストとリーンスタートアップともやもやした理系の話この2つを考えてみると、いろいろモヤモヤしてくる。今月のクーリエ・ジャポンで、現在の社会は想像しているよりもずっと「理系的な職業」からの影響を受けているという特集が組まれていた。このクーリエ・ジャポンの中で一般化されている理系的な要素というのは、科学というプロセスを信奉する科学者ではなく、現象を測定可能にして、そこからコントロール可能にするプロセスを一般化するスキルを理系と読んでいるように見えた。そこからビッグデータという概念などが紹介され、世の中の様々な事象に理系として取り組む話が紹介されていた。
Amazon.co.jp: COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2013年 11月号 [雑誌]: 本

櫻井孝昌「日本が好きすぎる中国人女子」(上) — 日本の認識不足 他の特徴も浮き彫りになります。例えば「多様性」。
「日本ファッションの潜在的な強さのポイントに “多様性” がある。しかし、日本人自身がそのことに気づいていない。」と櫻井さんは説きます。

「しずる」村上さんの「ラーメン本騒動」 店の「許諾」がないと出版できないのか●店内の写真撮影をするときは、許可をとったほうがいい
●自分の感想や取材結果を文章にしているだけなら、法的な問題になりにくい
「記事の内容としては、自分の感想や自ら取材した事実を記載するのはよいのですが、事実無根の誹謗中傷などは当然NGです。

一方、店舗の名称の書籍や記事のタイトルへの使用については、商標法や不正競争防止法との関係が気になりますが、『スイングジャーナル』事件判決などを踏まえる限り、一般的には問題ないということになるでしょう」

カテゴリー: リンク パーマリンク

コメントを残す