歴史の書き方

「少年H」の盲点 の感想を少し。

前半は「少年H」の批判で、後半は論点を広げて「神の国」発言などへの批判など、となるでしょうか。ただ、歴史を書く書き方としてまとめ方に問題があるために、本書が一般向けに力を持つことにはならないだろうな、と思いました。とにかく、途中で読む気をなくすのです。

最初の「少年H」への批判については、前著の『間違いだらけの少年H』以後に出た文庫版「少年H」などで修正された点も並べて見せており、変遷経緯が良く分かります。修正の結果文庫版が支離滅裂になっていることも分かります。従って、前半の批判部分は十分説得力があり、その数が多すぎて辟易する点以外は十分功を奏していると見ました。

しかし、第四章「戦時史の忘れ物」から後ろはいただけません。昭和18年出版の本を論拠として次のようなことを主張します。
・真珠湾以前に米国に対して日本が宣戦布告する予定はなく、真珠湾攻撃が開戦であった。
・事前の外交ルートでの通告は宣戦布告では元々無く、翻訳遅延で手渡しが真珠湾以後になった一方で、米国は暗号解読で事前に知っていた、という最近言われていることは間違いだ。
このような主張をするには、もっと多方面からの論証が不可欠と思われますが、論拠が少なすぎ、本書の論証は失敗ですね。納得する人が何人居るかな。

そのためもあり、以降の日の丸の話とか、神の話とか、私としては殆ど読む気がうせましたので、全くの流し読みです。
でもね、着眼点は面白いと思うのです。そこらを更に掘り下げると結構良いかもしれません。

ということで、歴史も書き方の説得力が不可欠であって、それ無しに、世の中を動かすことは困難でしょう。びっくりするような事実を発掘する本は世の中に多数あると思うのですが、世の中に影響を与える歴史の本を書くのは大変です。ごく最近まで、この関係の本に私が気が付かなかったのは、単に私の怠慢のせいだけではなく、この本の影響が小さすぎたのだろうな、と今は思います。私としてはこの本を読むのをお薦めしません。ネット上の紹介文を見るので十分ではなかろうか。

まあ、私は少年Hが遠い親戚みたいな気持ちを持っているので、私の言うのは割り引いて下さいね。同じ高校美術部出身、長田区の隣町で育ったこと、洋服屋の子供、など共通点がいくつもあるものですから。それはさておき、「少年H」よ、しっかり謝って立ち直ってね。歴史とは違う、一つの小説で良いではないですか。

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