軽く練習中

結構筋肉痛も残り、まだまだ先は長い。軽く練習を続けます。

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竹内実「北京」

再度、竹内実の「北京」を借りてきました。前には結局写真しか見ないままでした。
これとは別に、司馬遼太郎の街道を行くシリーズで北京を含むのがあるのかどうかは探したのですが深川図書館には見あたらず。
とりあえず、この本で、なんで長城なのかについて、何か分かるか探します。

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東山魁偉、小磯良平

ふと思い出して書きます。
東山魁偉、小磯良平。ご存じの日本画と洋画の大家ですが、このお二人とは、ほとんど何の接点も無いのですが、高校生時代に所属していた兵庫高校(旧制では神戸二中)美術部の先輩にあたる方と聞いていただけです。ただ、あまりに年代も経歴もかけ離れすぎていたので、現実感は無かったです。また、自分がいずれ住もうと考えていた世界とも違う世界の方と思っていましたし。
高校を卒業して随分後になって、妹尾河童さんが同じく先輩だったこととか、「少年H」をお書きになったことなどを聞き、読んでみて、自分の感じた雰囲気などがこの小説によく書き込まれていたのに感心しました。この小説で出てきた先生が、私の時代の校長だったんです。
多分、高校時代というのは、感性の多くを吸収して育つ年代なのか、自分のかなりの部分が同じだ、と感じる所があります。お二人の大家も、どこかに通じる所をお持ちなんだろうと思います。多分。
まあ、だから何、ということではありません。

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太極柔力球のポイントは?

手の中でラケットを回転させる所かもしれませんね。
ちょっとしかしないのに、手首あたりの筋肉痛です。
のんびりとやりましょう。

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ミュージック・クリエーター?

ミュージック・クリエーター? って、どなたかご存じだったら教えてくれないでしょうか? そのものずばりではwikipediaにも無いみたいです。

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情報処理技術者のこと

今日、若い人と色々お話する機会があり、久しぶりに情報処理技術者のことを聞きました。そこで、最近の区分で分からなかったことも聞きましたので、この機会に、その関係のメモを書きます。

wikipediaから一部引用します。
今の試験区分です。
○システムアナリスト
情報処理システム(情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系をいう。以下同じ。)及びこれを用いる業務その他の活動の一体的な企画に必要な専門的知識及び技能
○プロジェクトマネージャ
情報処理システムの開発に係るプロジェクト管理に必要な専門的知識及び技能
○アプリケーションエンジニア
情報処理システムの開発に必要な専門的知識及び技能
○ソフトウェア開発技術者
ソフトウェアの開発に必要な共通的知識及び技能
○テクニカルエンジニア (ネットワーク)
ネットワークシステムの開発に必要な専門的知識及び技能
○テクニカルエンジニア (データベース)
データベースシステムの開発に必要な専門的知識及び技能
○テクニカルエンジニア (システム管理)
情報処理システムの管理に必要な専門的知識及び技能
○テクニカルエンジニア (エンベデッドシステム)
エンベデッドシステムの開発に必要な専門的知識及び技能
○テクニカルエンジニア (情報セキュリティ)
情報処理システムにおけるセキュリティを設計・整備・運用するのに必要な専門的知識及び技能
○情報セキュリティアドミニストレータ
情報処理システム及びこれを用いる業務におけるセキュリティ管理に必要な専門的知識及び技能
○上級システムアドミニストレータ
情報処理システムの活用に必要な専門的知識及び技能
○初級システムアドミニストレータ
情報処理システムの活用に必要な基礎的知識及び技能
○システム監査技術者
情報処理システムの監査に必要な専門的知識及び技能
○基本情報技術者
情報処理システムの開発に必要な共通的基礎知識及び基礎技能

「# 1994年と2001年に大規模な試験区分改編が行われており、現在の「基本情報技術者」は改編前の「第二種情報処理技術者」、「ソフトウェア開発技術者」は「第一種情報処理技術者」とほぼ同程度に位置づけられている。」
なんだそうです。

自分のことで言えば、平成7年(1995年かな?)にこの試験のことを初めて知って、第二種と第一種の情報処理技術者を取っています。その後、名前が違ってきて、自分のが今の何に該当するのか分からなくなっていました。でも、今日その話しが出て、後でwikipediaでも確認して、そうだったのか、と分かりました。

でもね、前は情報処理技術者と称していたのですが、今は処理が一部抜けて、情報技術者になってますね。

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太極柔力球

太極柔力球を簡体字では太(木偏に級の右側と書く字)柔力球と書くのかな?
インターネットからコピーしようとしてもうまくコピーできませんでした。

日本では http://www.jcfa-tyo.net/ のところから
日本太極柔力球協会 があるようです。
とりあえず、ここでビデオとCDをお願いするメールを出しました。

それとは別の、
http://canyou.21c888.com/zxxw/xh-q.htm
の中から
rtsp://www.2000888.com/tu/dianying/1.rmvb
とか
rtsp://www.2000888.com/tu/dianying/2.rmvb
というリンクが   
太(木偏に級の右側と書く字)柔力球1
とか
太(木偏に級の右側と書く字)柔力球2
という名前であるのですが(うまくコピーできてません)、
それのrstpをhttpに入れ替えてダウンロードすると
何とか再生できる教習用ビデオとして役立ちそうでした。
これの創始者がデモしているビデオとかです。

結構手軽そうで良いと思っています。

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おまけ:北京を一言で言うと、人が一杯です。中華と簡体字も。

東京と比べて、広々としています。だいぶん面積もあるのだろうと思います。それでも、随分と人が多いと思いました。多そうな場所ばかり行ったのかもしれませんが。大体、人が存分に使われる傾向ではないかと思いました。
例えば、道路工事です。日本では、高度成長が終わって、人件費が高くなるとともに、重機を使うように変わったと思っていますが、道ばたで見かけるほとんどの道路工事で重機を見ません。人が作業しています。だから、さほどうるさくないのです。日本だとコンプレッサーとか重機の動く音で、とてもたまらないと思いますが、こちらは静かなものです。これは人件費の関係なのでしょう。
あと、高層住宅が多い。地震が少ないのでしょうか? でも30年前に大地震ですごい犠牲者も出たはずですね。建築基準はどうなっているのか心配です。これは前にマンハッタンの高層街でも心配したことです。つまり、結構古い建物で、高層のものがあって、大丈夫なのか気になります。
それから、オリンピックの影響もあるのかもしれませんが、どこもかしこも、工事中ばかりです。大規模開発の所ではさすがに大きなクレーンが一杯で工事しています。それが一杯あります。それに加えて、町中の道路工事が一杯。それの仕上げで、天安門など文化財の工事中です。これも高度成長を思わせるものになっています。社会資本の整備が急ピッチで進んでいる印象なのですが、どこまで各層に浸透しているのか、気になります。
また、いくつかの店に入って、外国人向けの観光の店とか、デパート、コンビニ、電気屋、とにかく、お客と店員が同じぐらいの数のように見えました。潤沢に人が居るんです。

このような状況は、これからどうなるか分かりませんが、いずれは人件費が高くなり、人の不足もあるのではなかろうか。一人っ子政策も随分進んでいるみたいですし、日本の高齢化とは較べものにならない程のスピードで高齢化社会に達するのかもしれませんが、そのような計算を当然しているのでしょうが、対応は間に合うのか、気になりますね。
まあ、いずれにしても、中国はこれからも世界の中で一目置くことになるでしょう。混乱なく進むといいのですが。もちろん、何か不安材料があるとかいうことではありません。

もう一つ、中華についてです。
いわゆる中華思想です。これはどうも、自然なものだと思いました。象を触ってばかりいると、ネズミの存在が見えにくくなるようなものかな? ですから、尊大とかいう雰囲気ではなくて、これが自然に在るのです。だから始末が悪い面もあるかもしれません。
前に、アメリカ人のことで、同様のことを感じたことがありまして、アメリカ流に考えれば、当然アメリカの基準が世界の基準なのであって、それが通用していない事実があるとすれば、それは背後に不正があった証明である、となるのです。アメリカ=世界という見方です。率直に言って、赤ちゃんの世界観みたいなものでしょう。成長すれば無くなるのならいいのですが、必ずしも、そうはいかない。アメリカ=世界の一部となることがアメリカ人にとって出来るかどうか、これは今後の課題でしょう。中国も同じなのです、多分。

おまけのおまけ。簡体字のことです。つまり、最近の中国で使っている簡略化された文字です。よく分かりませんが、これはもう、戻りようがないのかもしれません。文化というものは、継ぐべき部分と継がなくてもいい部分とがあるのでしょうが、文字のような文化の基本的部分を継がないという発想は、ものすごく乱暴だと私は思いますし、何かが欠けているような気がします。それはさておき、もうやっちゃった。もう半世紀近くきてしまった。これで大勢が育っている。つまり、これで行くんでしょう。もったいないことをしたものです。ローマ字にした方がいい、という議論は無かったのかな。日本では、いまだに日本語をローマ字にすべし、と主張する学者がいるらしいです。新しい文字を作るより、いっそ、表音記号だけにする、という方がすっきりしているように私は門外漢として思います。昔の漢字は繁体字というみたいですが、同じ事の名前に、繁体字、簡体字、英語表記(かな、ローマ字みたいなもの)と、それぞれの地方別の発音と分かれることになる。大変でしょうが、それで行くしかないのでしょう。
ああ、そうそう、日本で、観光案内とか地名表示とかで、漢字、ハングル、英語を併記するのが普及し始めていますが、北京でもハングルと英語の併記を幾つも見ました。漢字は簡体字だけなのかもしれないので、日本人は困るでしょう。

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おまけ:バリアフリー

北京でのバリアフリーの感想です。
現地に行かないとなかなか分かりませんでした。率直に言って、まだまだ。そうですね、中国の高度成長とかを、日本の高度成長時代になぞらえる向きがあると思いますが、バリアフリーについても日本の高度成長時代を思わせる状況と言っても良いかもしれません。
日本で高度成長時代に作られたようなリゾートマンションだろうと思われる場所に今年春に先島紀行で行ったのですが、その感じと、今度の北京紀行の感じと良く似ています。
つまり、きれいに作ってはあるのですが、坂が多い、階段がある、などなど、バリアフリーの発想以前の作り方なのです。日本でも、ついこの前まではどこもそうだった。
元々が無理と思って車いすで長城に挑戦はしませんでしたので、一番大変だったのが故宮でしたね。なにせ、移動距離は半端ではなかった。石畳もかなりの凹凸ですし、敷居が高い、階段も一杯あります。歴史的遺物ですから当然なことではありますが、なかなか改造するのは出来ないでしょうけど、日本なら結構、スロープを付けていたりしますよね。それらが昔のままみたいです。今の故宮なら、人間が運ぶ「こし」が必要でしょう。

そうそう、北京空港はきちんとバリアフリーでしたが、エレベータが分かり安い場所表示にはなってなかったかもしれません。

でも、北京オリンピックを目指して、バリアフリーもきっと急ピッチで改善することでしょう。パラリンピックも直後にやるはずですからね。

まあそれも含めて、バリアフリーの究極は、車いすの代わりの、ロボットかもしれませんので、それに期待するのが早いかもしれません。

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8月28日帰着

8月28日朝は皆お腹を壊してダウンで、お休みでした。水のせいか、昨日の日本料理店での昼食の刺身のせいか、原因は不明です。私だけは何ともないのが不思議でした。
そこで、ホテルの近所を少し一人で歩きました。ちょっと行くと日本大使館があります。そこを過ぎるとタイ大使館で、何かの行事の準備をしているようでした。そこで、二台の自動車が止まって中国語での派手な口論の真っ最中。交通事故だったのかもしれません。
陳さんも言ってましたが、ロシア大使館は目抜き通りに面した広大な敷地ですが、日本大使館は中心地から外れているし小さい、と(ただし、外れと言っても距離は近くて、地下鉄でも便利ですし、最近は開発されてきて、結構良いようなのですけど)。実際に見てみると、タイ大使館よりかなり小さい感じですね。日本にあるイタリア大使館位でしょうか。日本にあるオーストラリア大使館より小さいかも。北京のロシア大使館は日本のアメリカ大使館とか英国大使館より大きいかも。ただし、大きさは北京全体が大きいですから、面積だけでの比較は出来ないです。ここらの警戒は武装警察とやらがしていて、近寄りがたいのです。陳さんによれば、中国には三つの警察があって、一つはガードマンみたいなので、もう一つは武装警察ですが、これは短期の徴兵された人が軍隊的にやる仕事で、実際に軍隊みたいなのです。三つ目は公安で、これは日本の警察と同じで、定年まで勤めるんだそうです。(ところで、天安門と故宮を見た時に公安の本部の横を通ったのでしたが、その時に地方の警察からの陳情みたいな行事が行われていて、地方から来た警察車両が一杯止まっていて、玄関で本部の人と地方の人が大声で押し問答している光景がありました。両方警察なんですけど。)

この前日夜にホテル近くのセブンイレブンに夫婦で寄ってみたのですが、途中の道路で4才ぐらいの男の子が乞食でおねだりしてくるのです。なかなかしつこかったのです。今朝は、ホテルの前の大きな道路で地下の横断通路があるのですが、そこでその子が母親と一緒に寝ていました。他にも何人かの物乞いも通路に居ました。雨宿りに都合が良いのかもしれません。(夏だからいいですが、冬なら大変でしょう。ところで、その前日に一人でセブンイレブンに買い物に行ったのですが、途中でストリートガールが一杯声をかけてくるのが煩わしかったのです。それで頼んで、夫婦で出ることにしたのでした。ホテルの直ぐ横の道をそのようなガールが居るのです。取り締まりはどうなっているのか。ところが夫婦で歩くと、今度は子供がつきまとう、という次第でした。)

昼前に時間の余裕を見てホテルを出発。チェックアウトすると、結構ホテルから日本への国際電話代が高かったですね。事前に調べて、結構携帯を借りても電話代がかかると見たもので、借りなかったのです。でも、それよりもホテルの電話代の方が高かったですから、これは携帯を一人一台ぐらい借りるのが便利でコストが変わらないかも。あと、ホテルでのインターネットですが、準備しておいた無線LANは無事使え、Wzero3と問題なく接続され、メールも大丈夫だったです。でも、実際上は色々記事を書き込む時間的余裕が無かったですね。インターネットの速度は遅いほうです。ダイアルアップ並みかな。部屋までイーサネットが出ているのですけどね。それと商用電源ですが、用意した変圧器で無事対応できましたし、コンセントの形状は工夫されていて、日本で使っているACアダプタの一つが220V対応だったので、問題がコンセント形状だと思っていたところ、さすがニューオータニ、日本のプラグも刺さるように工夫できていました。インターネットとか、カメラ充電などもこれで無事出来ていたのです。

北京空港では空港の中国人係員(日本語はもちろん英語も十分には解さないようなので心配しましたが、何とか手振りでOKでした)が車いすをずっと押してくれ、荷物を預けるまではJTBとANAのそれぞれの日本人係員が手伝ってくれました。帰りの荷物預けが難関で、行きでは酸素ボンベ2つを、一つは機内持ち込みで、一つは預ける荷物に入れてでOKだったのです。北京では預ける荷物の中国人係官が頑と受け付けません、そこで、急遽機内持ち込みを二本としました。なんだか腑に落ちない措置ではありますが、中国人係官の縄張りを守れば良かったとかの事情かもしれません。

あとは、税関を過ぎて、待ち合わせ時間がほっとした時間でした。少し元が余ったので、使えるところを探したりし、おみやげも追加しました。テレサテンのCDセットが目に付きましたが結構手荷物が増えたので見送りました。荷物は、陳さんがプレゼントしてくれたムートンと、絹の綿の布団が大物で、トランクに二人が乗ってやっと閉まる状態でした。大型過ぎるトランクだと思っていたのが役立ちました。

帰りの飛行機は快適でした。見逃したMI3をもう一度見ました。そして、無事着陸。

成田空港では、またANAの中年男性の担当者に車いすを押して頂きました。直ぐに電話機にスイッチを入れ、帰りのジャンボタクシーとも連絡が付き、円滑に乗車、というところだったのですが、子供は、まだトイレに飛び込んでとかは、ありました。今度のタクシーの運転手さんは静かな人で、みんなよく寝ていました。

まあ、無事帰宅。翌日もお休みをもらっていて良かったです。

かくして、長年の念願であった、万里の長城行きを、成功裏に終了したのであります。
ということで、とりあえずの北京紀行はこれで置きます。

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