中国五千年

竹内実さんの本を読んだり、インターネットで調べたりした結果、中国が四千年なのか五千年なのかは、結局は、ちょっとはっきりしなくても入れるか、はっきりするところだけを入れるかの違いみたいですね。
確実な何かがあるというのなら、北京原人などは数十万年前まで行ってしまいます。歴史の五千年のはずなので、何かではなくて、歴史として続く何か、になるんでしょう。神代の昔のことなら、これまた色々ある訳で、それが神話ではなくて事実だったんだ、という立場が五千年には込められているようです。
私はどちらでもいいのです。陳さんが五千ですよ、と言い、私が何で五千なんですか、と聞いた時に、はっきりしなかったのが気になっていただけなのです。でも現地の人が五千だと言うのですから、五千でいくのが正解なのでしょう。五千年前に何がありましたか、と聞かれても私は答え切れませんが、それはあちらに聞いて、ということにします。(四千年前でも、答えられないのは同じですが。あと、念のため、白髪三千丈が生理的事実かを問うのは無理で、文学的事実かを問うべきなのは、これが別次元の話だからです。四千と五千は同じ次元での話ですからね。)
この間まで四千年と言っていたのが五千年となって、元気が出てくるのなら、それで良いではないか、と思います。
地球は回っている? はいそうですよ。 地球は丸い? そうですね。 世界は平ら(the world is flat)? そうなんです。中国は五千年? はいはい、そうです。